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キャットニップ:大島弓子

大島弓子の「キャットニップ」、2巻までで力尽きました。その2冊、書店で購入していないので、作者には何の痛痒もないでしょうし、そこのところは気が楽ではありますが、残念です。
古本屋でウン百円で買いました。そしてもうそれもやらないかなあと。
因みにキャットニップと言うのは和名ではイヌハッカ。このハーブの名をつける際に、欧米では猫、日本では犬を冠しているのが面白いですねえ。

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「グーグーだって猫である」の続編です。グーグーが亡くなったことで一応シリーズとしての区切りをつけて、しかし内容はグーグーシリーズの後半と全く同じ調子の新たなシリーズ。
相変わらず時を遡ったりしながら(アトランダムに遡るので猫達それぞれの「時代」が分からない)、身の回りの猫達(野良も含めて)の動静を描いている訳ですが、益々私的な「絵付きの覚書」感が強くなり、こちらはそれぞれの猫をろくに覚える暇も、ましてや思い入れを抱く暇もない。眼前を通り過ぎて行くのを淡々と眺めている感じです。
年代の違う多くの猫達を長いスパンで捉えているので、猫達は入れ替わって行く、つまり次々に死んでいきます。印象としては、彼らの生より死。読んでいる私はビビリンとの別れを繰り返し追体験する訳で・・・。
こんなに別れなければならないなら、新しい付き合いを増やさずにはいられないだろうし(結局それが新たな別れに繋がる訳だけれど)、猫は全て家猫であるべきだ(外猫の生活は過酷なので)と考える作者ですから、目につく猫はどれも家に迎え入れる用意があります。猫たちの「家」への侵入形態も様々で、また先住猫達との付き合い方も様々。入れ替わりや数の多さから、みんな仲良く輪になってという訳には行きません。
それがまた数々のエピソードを生み、創作上のネタになる訳ですが。
短命な個体も多く、勿論死に至る過程での様々な病気を同時進行で介護しなければならなかったり、休む暇もない忙しさです。この忙しさが多分生きがいにも繋がるのでしょう。当時のメモを見ながら漫画を描くことで追体験も出来るしね。
そう言えば、「キャットニップ」の2巻に、「グーグーだって猫である」の前半に登場するNさんが出てきます。作者が死を覚悟しなければならない病を得て、万が一の場合は取り残されることになるグーグーを案じ、彼の今後の為と身辺整理としての遺産の分与を決める訳ですが、それまで住んでいたマンションとグーグーとを、このNさんに託すことにして遺書を書きます。その流れで入院の際のグーグーの世話や、通院の介助その他に手を借りるので、Nさんは作品にたびたび登場します。
愛猫の為ではあるものの、住んでいたマンションを譲ると言うのは、相当の信頼関係、友愛の情が有った相手な筈です。
「グーグーだって猫である」には、そのNさんの言動、作者との応酬に、関係性に実は齟齬があるんじゃないかと言う感じがそれとなく漂っていて、と言うか、そういう描き方がされていて、彼女は後半からは全く登場しなくなります(登場は3巻まで)。経過説明的な描写はありません。
病気が癒えて「今後」を考える余地が出て来たし、最終的に遺産など残さなくていい、自分の稼いだものは使い切っても良いんだと言う結論を得たからには、遺書も書き換えたでしょうから、結果的には離れて行くことになったのだろうとは思うのですが。
家を買おうとする時の様々な「予兆」体験と言い、「キャットニップ」でのNさんの登場の仕方と言い、作者は生来特殊能力のようなもの(方向関係における私の能力とは全く別の意味の)を備えていて、作風にもそれが窺えて個性になっているのだなと改めて感じるのでした。そして作風におけるそうした個性は、グーグーシリーズの頃から巻を重ねるごとに徐々に失われて行き、別物に。キャットニップはその別物の完成形だと思いまする。
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テーマ : 読んだ本の紹介
ジャンル : 本・雑誌

散り行く桜を眺めながら川沿いを歩く

題名長い・・・

東京国立博物館の庭園は、桜の木がそれ程多い訳ではないし、ひたすら花を愛でるタイプの「お花見」もしようかなと。それなら毎年行っているあそこだ!と、何とか散る前に駆け付けました。公園の傍にある川の畔の桜並木なのですが、老木が多いし、川に張り出した桜の樹は伐採される運命なので、今のものはそのまま残されるでしょうが、植樹はされず、やがては消えて行く景観です。

ビビリンと歩くには格好の道、と言えなくもないのですが(事実犬を散歩させている方をたまに見ますし)、スタート地点まで辿り着くには、中々の交通量のエリアを横断しなければならないこと、歩き通すには距離が長いこと(往復を歩かせるのは無理)等々で(帰り道彼を抱いて歩き通すのは、今度は私が無理)、彼と歩いたことは有りません。
里山歩きが大好き、という共通の趣味が今では心情的な枷になって、彼と楽しんだエリアや旅先を一人では歩けなくなった情けない私です。元々山歩きは大好きで、一人旅も独り歩きも大好き。それはビビリンがやって来る遥か前からのことだし、長らく私の喜びだったのに、ビビリンと一緒の、一人であって一人ではない状態が余りにも楽しかったので、昔に戻れなくなってしまった・・・。
勿論ビビリンのせいではなく、私がヘタレなのですが。

ここでも美術館やら本のことやら、ばかり書いている体たらくです。
この道もビビリンとの思い出がないから歩けるわけで。
何やってんだよ私。


花を愛でながら歩きつつ、久し振りの鳥撮り
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桜の季節は菜の花盛り
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花盛りを過ぎているので花筏を愛でます・・・
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鳥撮りが難しいのは明るい空が背景になることが多いから
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なんちゃって、花をバックにしてもやっぱり難しい(T_T)
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画面の左手に見る緑色は
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緑色の桜(御衣黄:ぎょいこう)です
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薄紅色の八重桜↓の突然変異種です
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春だ・・・
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雪柳の花はこんな風になって行くんだなあ
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テーマ : 日帰りお出かけ
ジャンル : 旅行

今年も博物館でお花見(後)

久し振りに「鼠の草子絵巻」が展示されているのを見ましたので、お庭を案内する前に少しご紹介
ワタクシこの絵巻の絵が大好き
ミッキーマウスより権守(ごんのかみ:この絵巻の主人公の鼠)の容姿の方が断然好みです
以前紹介したもの以外の場面を何枚か御覧に入れましょう。ストーリーについては以前紹介しているもの(⇒鼠草子絵巻(ねずみのそうしえまき))をお読みください。鼠の権守が自分の後世の為に人間のお嫁さんを迎えたいと思って、途中まで上手く行きかけたものの本性がばれて逃げられちゃった、と言うお話。色々似たような話を統合した物語だと思いますが、集約途上と言うか、今一つすっきりしない部分が散見されますし、後味も今一つです
異類婚姻譚(いるいこんいんたん:夕鶴の「与ひょう:人間」と「おつうさん:鶴」もそうですね)と言うジャンルの御伽噺


この絵巻、鼠達も可愛いけれど、人間達も愛らしく描かれています
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権守が姫君を口説いているところ。姫君も満更ではない様子です(この件について、「あの辺りに行くと素敵な伴侶に巡り合えますよ」と言うお告げをした観音菩薩の責任を問いたい。姫君が「あの辺り」で出会った権守を良い人そうだと思ったのは、彼女の印象操作を既に観音菩薩がしていたことが大きいと思うのですよね)。
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鼠達の力関係が、人間の姿になった時の身分差になって表れているのでしょうが、そうなると馬に変化したのは、鼠社会の底辺のひと達? 前回もどうも足元(蹄)が違うような気がしたのですが、今回近々と見て、はっきりこれは生来の馬ではないと分かりました。
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人型に変化した訳だから、鼠達は人間の大きさをしていて、本物の馬に乗っても遜色ない筈なのに、それが出来ないのは馬と言う種族との力関係なのかしら。
馬は別に人間に乗って欲しい訳ではないにしても、仕方なく乗せはする。しかし鼠如きには断固乗られたくない!と。この場合、乗ると言うのはただ上に乗っかると言う意味ではなく、操作する、つまりああしろこうしろと命令する訳で、馬としてそれは受け入れ難い。でしょうなあ。
幾ら上手く化けても、人の目はごまかせても馬の目はごまかせないのが分かっていて、馬役をする当番を決めていたのでしょうか

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さてお花見です。

本館と平成館を繋ぐ通路の途中に、こんな空間が有って、ソファーに座ってのんびりと外の景色を眺めることが出来ます

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本館の回廊式になった展示室の、入り口から真裏に当たる部分に、外に出られるテラスが有って、そこから庭園を眺められるし、そのまま庭園に出て行くことも出来ます
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庭園の側から見るとこんな感じ
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二種類の桜が並んでいるので、色味の違いがよく分かります
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お庭を歩く人も沢山いましたが、広いので写真に写り込まないようにするのは簡単
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本館の奥の庭園をのんびり歩いて、素敵なお花見が出来ました
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テーマ : 美術館・博物館 展示めぐり。
ジャンル : 学問・文化・芸術

今年も博物館でお花見(前)

散歩のついでに御近所の花を見るのではなく、改まってお花見に行こうと思うと、余程場所を選ばないとお人見になってしまいます。桜の名所と呼ばれる所ほどお人見になる傾向が強いので、東京国立博物館の毎年の催し「博物館でお花見を」は、美術鑑賞に静かなお花見のオプションが付いている、私にとって大変に美味しいイベントです。
上野公園の桜の開花の様子は毎年必ずニュースになるので、期間中に都合が付いたら出かけ、展示物と館の付属庭園の桜とを、一度に鑑賞します。
庭園の桜は老樹が多いので、花見の対象としては今一つですが、何よりも空いていて静かなので、好きなだけ花を眺めることが出来ます。

折りしも東京国立博物館では特別展「中尊寺金色堂」をやっているので混んでいましたが、総合文化展(常設展)の方は何時ものようにそれ程でもありませんでした。
外国人観光客が観客の過半数を占めていて、彼らが展示物の何に興味を惹かれるかも興味深い。
刀剣類は彼等にも日本人にも大人気です。確かに日本の刀剣と言うのは凄いものだと思います。ヨーロッパの博物館に展示されているその国の武具は全て刃先が劣化、いかにも古物と言う感じですが、日本の刀剣は全てが現役。凄味が格段に違うしとても美しい。


と言うのはさておき、今回は日本の彫像の移り変わりのようなものを少しご紹介

まずは考古展示室の埴輪のメンバーがどうなっているかをチェックしてみました
何時ものひとたちもいるけれど

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新しいひとも来ていて
(たまに知人に似た顔のひとが見つかると、なんだか嬉しくなります)

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阿弥陀如来坐像 木造、漆箔
平安時代、丹波の国の有力者夫婦が建立したものとのこと

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千手観音座像
お美しい・・・

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毘沙門天立像
もろ中国(唐)風ですね 一本の木から踏んでいる邪鬼を含めた全てを彫り出しているそうです

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我が国の先人達は、埴輪制作の時代から千数百年を経てここまでの造形をするようになったのですねえ

更に7百年ほど経って・・・今度は素材とそれを扱う技術が格段に新しくなっている


頼光大江山入図大花瓶(横山弥左衛門作)銅製、鋳造、象嵌
明治6年のウィーン万博出品作だそうです

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大江山酒呑童子物語を花瓶に纏め上げたものだそうですが、何と言っても鬼達がチャーミングで、私は大好き
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お花見シーズンは絵画も季節に相応しいものを選ぶようです
山野行楽図(与謝野蕪村)
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与謝野蕪村は俳人として有名ですが、彼が画家でもあったことを知る方も多いと思います。蕪村の俳句がまた絵画的と言うか、情景が見えるものが多いのね。
私が蕪村の絵画作品として思い浮かべるのはなんと言っても国宝:夜色楼台図(個人蔵)です。そして拝見する度に大好きな蕪村の俳句の「月天心貧しき町を通りけり」の句を思い浮かべてしまいます。おかしいよね、描かれている家並みは別に貧しさが窺えるようなものではなく、大きな家が多いし却って豊かな街かもしれないのに。何よりも雪が降っていて月なんか出ている筈がないし。
にも拘らず私はあの絵を見るたびに月天心~の句を思い出すのです。情感が似ていると言うか、両作品の湛える寂寥感が、淡々と静かで湿り気がない・・・。


色絵桜樹図透鉢(仁阿見道八)
この作品はトーハクの「博物館でお花見を」の催しの時に、毎年必ず出展されますね
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テーマ : 美術館・博物館 展示めぐり。
ジャンル : 学問・文化・芸術

府中市美術館でお花見

お花見に行った訳ではないのですが、美術館に行ったら折りしも桜が満開。
という訳で、美術館に行ったら凄いオプションが付いていたよ、春の美術館は良いなあ、と言うお話です。


府中市美術館は、小さな美術館ですが企画力があると言うか、時々面白い展示をするので、目が離せません。
家光公の傑作絵画もここでじっくり見せて貰ったのでした。(⇒府中市美術館(動物の絵 日本とヨーロッパ)

前回は車で行ったのですが、今回は電車とバスで。こちらの美術館とは別の場所にある駐車場のことを思い出して、取りあえずバス路線も覚えておこうかと思いまして。
ナビ子がいなくなり、って要するに車が変わった訳ですが、寂しくてねえ。案内はいい加減だし肝心な時に逃亡するしで、方向に特殊能力のあるワタクシには難物のナビ子でしたが、そのいい加減さ(目的地周辺ですと言って逃亡したり、複雑な道になると寝たふりをしたり)や懲りないところ(基本的に高速は好きではないらしく、すぐ出口を案内して降ろそうとする)が結構好きだったので、相方を失った漫才師のような気分です。今の成績優秀理路整然のヒトはただのAI。ここの駐車場にも一発で入らせてくれるでしょうが。


今回の展覧会はこういうの
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京都の二尊院の曼陀羅を見ることが出来ます
普通曼荼羅と言うと、一枚の画面に主尊を中心に諸仏諸尊の集会する楼閣を描きますが、これは主尊が彫像で、それを囲む諸仏諸尊は それぞれ一枚ずつの絵画として、両脇に並べられています
今回の展示はその諸仏諸尊の絵姿(主尊は写真のみ)。修復したばかりなので鮮やかで美しい
最新の修復の様子を録画した映像も見せてくれます

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館の外は折りしも桜が満開
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この美術館は、府中の森公園の一角にあるので、散策もしやすいです
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展示替えしたら後半も見に行くつもりです。きっともう花は散っているでしょうが

テーマ : 美術館・博物館 展示めぐり。
ジャンル : 学問・文化・芸術

プロフィール

MY SHINYA

Author:MY SHINYA

このところ、一番親しく付き合ってきた動物は馬なのですが、この度、一頭の犬と暮らすことになりました。
その犬のことをご紹介したいと思います。
他にも本のこと、映画のこと、山登りのこと、そして大好きな馬のことも、時々お話したいと思います。
楽しんで頂けると良いのですが。

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